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 人類は自分たちが最も進化した生物だと自認している。確かに人類は進化の最先端にいることは事実であろう。しかし、考えようによっては現存する生物は、それぞれ進化の最先端にいると考えられなくもない。進化という言葉からはなにやら「より良い」というニュアンスが伝わってくる。より良いとは、なにに対してより良いのであろうか。自分たちの子孫を残すことが「より良い」のならば、現存する生物はわれわれ人類の理解を超えたところで、「より良い」戦略を持っているのかもしれない。だからこそ、生き残れてきたのだという考えもあると思うからである。また、体の大きさを進化の根拠に求めれば鯨になるし、生存数では、微生物が最も進化しているということになってしまう。「脳」を話題にしたとき、初めて人類は進化のトップランナーになる。脳以外では、人類より進んだ機能をもっている生物は、いろいろいるようである。
 進化の根拠はいろいろな考え方がある。ここでは自分たちの子孫を残すことが「より良い」と考える。つまり進化の評価の基本となるものを「種の保存」に求める。生物は自分の子孫を後世に残す確率を上げるために進化する。自然を相手に、なにをもって「より良い」とするか。ある環境には対応できても、環境が変わればこれに対応できるとは限らない。あれほど、隆盛を極めた恐竜の絶滅は、このことを如実に物語っている。ただ、忘れてはならないのは、恐竜の時代は1億6000万年続いたということである。人類が出現してわずか300万年、恐竜は人類歴史の50倍は生き続けたことになる。この事実は、進化を考える時のタイムスケールの基準を与えるとともに、人類が永遠に生存する保証などどこにもないことを良く表わしている。
 したがって、生物の個々の変化に「良い」「悪い」と判定するのではなく、全体として、より環境変化に強く、自分の子孫を残す可能性を上げる手段を基準に進化を考えたい。生物における多様化は、対環境に対しての多様化と考えたい。多様な環境においてニッチを探しポジションを得るためには、自分も多様でなければならない。また、大きな環境変化において、自分の仲間を残すためには、危険分散のための多様化が有効である。多様化が子孫を後世に残す手段として有力であり、進化の基準の一つであることは間違いない[1]。
 その意味で文化の多様性は、人類の生存に不可欠だったのではないか。歴史を見ても消え去っていった民族は多い。自然や人工環境のさまざまな変化に対処し生き残ってきたのは、多様な文化の存在であったのではないだろうか。
 しかし、昨今の急激なグローバル化は、世界をモノトーンに染めつつある。その結果、多様な社会形態や文化の多様性保持を危うくしているのではないかと危惧の念を抱くのは私だけではないだろう。
文献1:[ダイソン、フリーマン「多様化世界」、鎮目恭夫訳、みすず書房、一九九〇/原著1988]の56頁に以下の記述がある。
宇宙の最古の始まり以来の発展は、対称性が次々に破れてきた歩みだとみなせる。宇宙はビッグ・バンの形で創造が始まるときには、完全な対称性をもち完全な混沌である。やがて温度がどんどん下がると、次々に対称性が破れ、ますます多様な構造が出現する。生命という現象もこの図絵に無理なく合致する。生命もまた対称性の破れである。まず始めに均一な海が何らかの仕方でさまざまな細胞、微生物、捕食動物と餌とに分化していった。やがて、均一な猿の集団が、さまざまな言語と文化、芸術と科学、宗教をもつように分化した。対称性が一つ破れるたびに、新しい水準の多様性と創造性が可能になる。もしかすると、われわれ の宇宙の本性と生命の本性は途方もないもので、この多様性の歩みには終りがないのかもしれない。
 生物の遺伝的進化と、人類の文化の進化のアナロジーは多くの人に取り上げれている。コンラート・ローレンツは文化の発展は系統発生における種の進化とよく似ている。そして言葉により可能となった「獲得形質の遺伝」が文化の歴史的な発達を早める要因となっていることを指摘する[コンラート ローレンツ、「文明化した人間の八つの大罪」日高敏隆、大羽更明訳、新施策社、1973、77頁に以下の記述がある。]
 人聞の文化の発達は、系統発生における種の進化とよく似ている。あらゆる文化の発達の土台をなしている累積的伝統は、本質的に新しい、いかなる動物にもみられない機能にもとづいている。とりわけそれは抽象思考と言語の使用にもとづいている。人間は、自由な記号をつくり出す能カによって抽象的に考え、言葉を用いることをつうじて、個体が獲得した知識をひろめ伝える、それまてみられなかった可能性を開かれたのである。その結果生じたこの「獲得形質の遺伝」は、一方では、文化の歴史的な発達が種の系統発生より数層倍もはやく進行する原因になっている。
この指摘は、「文明化した人間の八っつの大罪」の第七章、伝統の破壊で行われている。ローレンツはこの後、伝統的文化は自然淘汰を勝ち抜いてきたものであることを述べ。このようなものをいとも簡単に破壊することを大罪の一つとして挙げ、近代の人類に警告を発している。
 利己的遺伝子で有名なリチャード・ドーキンスは、「ミーム」という自己複製子を発明する。利己的遺伝子の主張は、「あらゆる種は、その遺伝子たちの定める枠に閉じこめられ、それらの遺伝子たちが生き残る確率を最大限にするような仕方で成長し行動することを強いられる。[フリーマン ダイソン、「多様化世界」、鎮目恭夫訳、みすず書房]」ということである。これと同じように文化も仮想的な自己複製子である「ミーム」により支配されるというのである[リチャード ドーキンス,「利己的な遺伝子」、日高敏隆他訳、紀伊國屋書店の306頁に以下の記述がある。]
新登場のスープは、人間の文化というスープである。新登場の自己複製子にも名前が必要だ。文化伝達の単位、あるいは模倣の単位という概念を伝える名詞である。模倣に相当するギリシヤ語の語根をとれば「mimeme」ということになるが、私のほしいのは、「ジーン(遺伝子)」という言葉と発音の似ている単音節の単語だ。そこで、上記のギリシヤ語の語根を「ミーム(meme)」と縮めてしまうことにする。・・(中略)・・楽曲や、思想、標語、衣服の様式、壷の作り方、あるいはアーチ建造法などはいずれもミームの例である。遺伝子が遺伝子プール内で繁殖するに際して、精子や卵子を担体として体から体へと飛びまわるのと同様に、ミームがミームプール内で繁殖する際には、広い意昧で模倣と呼びうる過程を媒介として、脳から脳へと渡り歩くのである。
たしかに、そういわれると生物の遺伝的進化と、人類の文化の進化のアナロジーを議論するには、打ってつけの概念ではないか。「獲得形質の遺伝」というとなにか良いことばかりのような印象があるが、文化という枠の中で歴史を刻んできた人類は、目に見えぬなにかに支配されているという見方もできる。その主が「ミーム」なのである。
 また、ハーバート・A・サイモンは、「人工物を創造する過程にはジェネレータとテストは必要である。進化過程に例えれば、突然変異がジェネレータであり、自然淘汰がテストである」と言う[ハーバート・A サイモン、「システムの科学」、稲葉元吉、吉原秀樹訳、パーソナルメディアの70頁に以下の記述がある。]
人工物を創造する一つの方法は、創造者の頭脳からそれを生じさせることである。もう一つの方法は、ある種の淘汰作用に応じそれを進化させることである。進化に関する最も簡単な図式は、二つの過程に依存するものである、すなわちジェネレータとテストである。ジェネレータの任務が、多様性すなおち以前には存在しなかった新しい種を生みだすことであるのに対し、テストの任務は新しく生みだされた種を選別し、環境に十分適した種のみが生き残るようにすることである。現代の生物学的進化論でいえば、遺伝学上の突然変異がジェネレータであり、自然淘汰がテストである。
 進化に関しての勝負の時間軸はとてつもなく永い。どんなに文化が発展したとしても、人類が地球・宇宙という大きなシステムの一員であることには変わりがないことを忘れてはいけないだろう。
害虫に関連するおもしろい本を見つけた。ヨーロッパで一時期、動物裁判が頻繁に行われていたのだそうだ。動物には、昆虫も入る。その中に、ゾウムシが裁判にかけらた話が出ていた[池上俊一『動物裁判』(講談社現代新書、1990)の93頁]。概略は以下の通りである。

訴えがあると、裁判所はゾウムシに出頭を命じる。出頭しない場合(出頭するわけはないのだが)補佐人・代訟人が任命される。弁護人は、ゾウムシがブドウを食べるのは、神の法・自然法で是認されていると主張する。これに対し住民の弁護士は、動物は人間の利益になるように作られたのであり、かれらは、人間の権利を侵害する権利はないとする。ゾウムシの弁護士は、たしかに、人間は動物の上に立ち、それに指令を与える権利はあるが、罰したり禁止したり破門したりする権利はどこにもない、と主張する。裁判官の判定は、ゾウムシの所有権をみとめ、適切な土地を与える。

この奇妙な制度は、自然に対するおそれから征服への変換、自然宗教からキリスト教への変換の時期(12〜15世紀)に生まれたという。日本において、このようなことが起こらなかったのは、仏教の思想によるところが大きいという[池上俊一『動物裁判』(講談社現代新書、1990)の19頁]。仏教においては、古来、「人間はたとい生類の筆頭であっても、その仲間であり、そこの本質的な相違はない」と考えられた。もちろん輪廻思想も、それと関連している。
動物裁判という事実は、我々に、自然と人間の関係・宗教の力を鮮やかに見せてくれる。そして、宗教そのものも、それが生まれる土地における「自然」の性質に強く影響されるのではないか。熱帯アジアのような、自然の回復力の強い地域と、回復力の弱い中東・ヨーロッパでは、自然に対する感情が異なるのは当然であり、そこから生まれる宗教の性質が異なるのも当然なのだろう
moniment.png このようにみてみると、風景とは、「環境という客観的に評価しうる対象に対する人間の解釈」ということができそうです。興味深いのは、その評価の根底には、風土がある、つまりすべてが個人で決まるわけではなく、国や文化により風景の評価は異なるのだということです。このことを別の角度から解釈したのが、第4回に紹介した、「風景は「基本風景」、「原風景」、「文化的表現」の3層からなる」という木岡伸夫[安彦一惠 佐藤康邦編、「風景の哲学」、叢書【倫理学のフロンティア】XI、ナカニシヤ出版、2002の38頁]の説なのです。
たしかに、富士山を見てきれいだと思います。しかし、それは本当に自分がそう感じているのか、文化的背景により、そう思うようになってしまったのかの区別は難しいところです。私の場合、虫を追いかけて自然の中にいると全く予想もしなかった光景に出会い感動することがあります。そのような感情は本物のような気がします。しかし、それも自分が安全でありその美しい光景が自分に災いを起こすことはないこと知っているから、環境を風景としてみることができるのだといわれれば、そうかもしれませんねと答えるしかありません。
さて、われわれは、風景というとどうも「視覚」中心に考えがちです。それはもしかしたら、我々が風景の多くを「写真」をとおして見ているせいかもしれません。風景写真は至る所に存在します。これでもかこれでもかというように、「美しい風景」をたたき込まれます。養老孟司がいっているように、「視覚は多様性を認識し、聴覚は筋書きを認識する」のです[養老孟司「脳が読む」、法蔵社、1994の137頁に以下の記述がある。 脳でいえば、筋善きは「耳のもの」であり、多様性の認知は「目のもの」である。「絵解き」というくらいで、目には本来、筋書きはない。絵に筋書きがあれば、絵解きはもともと不要なのである。生まれつき耳の間こえない人たち、こうした人たちが、もっとも難渋することはなにか。それは因果関係の理解である。あるいは、疑問文という形式の理解である。]。静止している音はありません。風景の現場にいる人は、視覚情報だけでなく、聴覚・触覚情報などを総合的に認識しているのですが、最も広く共有されているメディアである印刷物では、時間軸のある情報を伝えるのは難しいのです。前述の風景を美しいと感じる文化的背景に写真という存在があるのかもしれません。
これまで、原風景について考察してきました。今回は、その基となる風景とはそもそも何なのか考えてみましょう。太古の昔、自然は驚異であり、生存するための戦いの場であったわけで、風景というような概念はなかったといいます。
人類はある時、「風景を発見した」という言葉が当てはまるのです。
風景を考えていくヒントとしていくつかの文献での言葉を紹介しましょう。
1:風景そのもの」をテーマとする限り、たとえば大地の表面の形状として「風景」を理解することはできない。それを「客観」と呼ぶなら、「風景」とは客観と、それに対している主観との間に存立する一つの事態であると言うほうが正確であろう。では、そもそも「風景」とはいかなる事態であるのか。たとえば人が環境世界を知覚しているという事態から問うとして、そこにいかなる限定が加わるとき「風景」となるのか。(因みに、ほとんど「自然」(の知覚相)と同義で「風景」と言われる場合もあるが、編者は「人工的なもの」、(ドイツ語では"Stadtschaft"という言い方もあるが)たとえば都市についても「風景」という事態があると考えている。「風景」を規定するとき、最低限この点を包含するものでなければならないであろう。)[安彦一惠 佐藤康邦、「風景の哲学」、叢書【倫理学のフロンティア】XI、ナカニシヤ出版、2002の43頁]

最近、昆虫採集者の肩身が狭い。網をもって歩いていると「自然破壊の張本人」みたいにじろじろ見られるし、採集禁止の場所がやたらと増えた。実は昆虫採集で捕獲される昆虫数は、宅地造成・道路拡張などの人工環境拡大事業で失われる昆虫数に比べ全く問題にならないくらい少ない。虫屋(昆虫愛好家)は悔し紛れに叫ぶ「鳥が食べる昆虫の数は1年で十万だそうだ、鳥一匹殺した方が、遙かに昆虫保護になる。」と。このように、立場によりものの見え方は異なる。どちらが正しいというわけではない。このような見方で昆虫と植物そして人間との関わりを見てみよう。

 植物が花をつけ、蜜や花粉を報酬として提供する代わりに、花粉をめしべに運んでもらう主たる運搬者(送粉者)として昆虫を利用していることはよく知られている。双方が利益をうる共生の典型例と一般的に捉えられている。

 さて問題は昆虫側にある。送粉者として活動するのは成虫である。昆虫は卵・幼虫・蛹という過程を経て成虫になる。成虫が子孫を残す生殖作業が主な仕事だとすれば、幼虫は食物を摂取して成長するのが役目だといえる。つまり、幼虫には大量の食料が必要なのだ。その食料の主な対象となるのが植物である。

 地球上に出現から多くの昆虫が出現してからしばらく(3億年前~1億5千年前)の地球上は、裸子植物(針葉樹など)の時代であった。この時代昆虫の幼虫は、菌類に適応、針葉樹にも適用したものもあった。そして、花を持つ顕花植物全盛時代とともに昆虫も繁栄を遂げたのである。しかし、昆虫の植物との関係は送粉者としての立場とは異なる。植物側には直接的な利益が存在しない。このため、植物側も物理的・化学的な忌避物質で対抗する。昆虫たちはその防壁を様々な方法でくぐり抜ける。これに植物も新たな策で対抗する。現存する昆虫たちも全ての植物に適応することは出来ず、種によって食料とする植物(食草・寄主植物)は決まっている。これが、昆虫達が植物との1億年以上のやりとりの中で獲得したものなのだ。

 ここで人間の登場である。テーマは、害虫である。昆虫の多くは食植性、つまり植物を食べる。その植物が人間にとって食糧や木材として利用価値の高いものであれば、その昆虫は「害虫」になる。広辞苑によれば、害虫とは「人畜に直接害を与え、または、作物などを害することによって人間生活に害や不快感を与える小動物の総称」とある。さて、ここでは、農業害虫の中心に、害虫とは何か少し考えてみよう。

 はじめに確認しなければいけないことは、昆虫たちにとって最大・最悪な害虫?は間違いなく人類であるということである。昆虫だけではない、地球上に生存しているほとんど全ての生物にとっても事情は同じだろう。

 さて、畑という人工の場は、昆虫にとってどんな生活環境なのだろうか? 畑は、極めて限られた種類の植物が広範囲にわたって棲息する環境である。つまり、人工環境の特徴は、「多様性の欠如」にある。農業でも、林業でも収穫しやすい植物を大量に栽培する。それが植林であり、畑である。その植物が、昆虫が1億年以上の進化の過程で獲得した適応可能な種であるかどうかで結果は大きく異なる。つまり、畑はそれを食べる昆虫にとっては食料の倉庫であり、食べない昆虫にとっては砂漠と同じだということになる。自然界ではこのように異常に大量な食料に恵まれる環境はない。このような人工環境で、特定種の昆虫が大発生することは必然といえる。

 ただし、畑は(収穫によって)ある日いきなり食料がゼロになる環境でもある。これも自然界では考えられないことである。昆虫にはこのような人工的な環境に適合しているものがおり、その多くが「害虫」である。昆虫達は、このような環境にも適応しなければならないのである。逆に言えば、そのような適応性を持った昆虫だけが生き残ったのだろう。

 自然状態で畑のような環境が発生したとしよう。いわゆる害虫と呼ばれる昆虫は大発生をして、畑の植物を食べ尽くしてしまう。その結果、その環境は破壊され、その昆虫の絶滅してしまう。そして、多様な植物が発生するような環境に変わっていくかもしれない。害虫とはそのような役割をもった昆虫なのだ。

 人間はこれらの害虫を、「農薬」という武器を使って駆除してきた。しかし、時間がたつと農薬に適応するものが現れたり、農薬により天敵が駆除され、新たな「害虫」が出現したりすることがわかってきた。まさに、「いたちごっこ」である。これらのことから感じるのは昆虫の多様性の強みと適応性の高さである。自然という大きなシステムの中での大先輩「昆虫」には、新参の人類にはうかがいしれないような「生き残るための戦略」が隠されているのだろう。



 


われわれ人間は五感で環境を認知している。それが自分の周り環境の全てだと思いがちだが、それが違うことはすぐわかる。認知できるのは一部だけである。しかし、我々のまわり広がる異空間の存在を認識している人は少ない。昆虫の世界である。昆虫は地球上に遍在している。つまり昆虫は何処にでもいる。しかし我々人間はそれを認識することは少ない。認識するのは、我々の生活空間にも侵入してきた時である。人間の生活空間は人工空間である。特に都会で、人工空間に昆虫が入り込む(ゴキブリ、アリ、ハチ)と大騒ぎになる。人工空間では、自然も管理されたものでなければならないのだ。それでも、昆虫は人工空間に入り込む。それはそうだろう、人間の住む空間よりも遙かに広い空間に昆虫はいるのだから。人工空間は自然空間の一部でしかない。そして、そのことを都会の人間はほとんど意識しない。

地球上に棲んでいる昆虫の種数については、様々な意見がある。1千万種を中心に、数百万種から1億種までその範囲はあまりにも広い。つまり、余りにも多くてよくわからないというのが本当のところなのだろう。名前が付いているのが約百万種で、毎年三千種ぐらいが新種記載されているという。新しく種が生まれたわけではなく(多分生まれていない)未知の種が発見されているのだ。(ちなみに人類は種のレベルでいえば、一種である。)そして、その生態/形/色などは実に多様である。昆虫が生き残った理由はこの多様性にあるといって良い。つまり、大きな環境変化が生じた際、それを克服して生き残る確率が高くなるのである。

こんな昆虫と付き合っていると人間のわかっていることなどほんの一部であることがわかる。われわれは、自分中心に世界を見ているのだが、遙かに大きな自然空間が存在している。養老孟司のいう、「都会は、ああすればこうなる社会」と180度異なる世界が、我々の周りにも存在する。ああすればこうなるだけの社会は怖い。なぜなら、そこでは多様性が欠如しているからである。

21世紀は、自然環境と人工環境を今までとは異なった思想で再構築する時代だと思っている。リアルを代表する自然とネットなどヴァーチャルが強い人工環境を結びつける時代といっても良いかもしれない。そんな時、未曾有の大震災が発生した。実態は大変なのだが、長期的に見ると「自然環境と人工環境を今までとは異なった思想で再構築する」良い機会だということもできる。自然環境は複雑だ、自然との調和には多様な対応が必要である。「ああしても、こうならない」のである。

さて、この昆虫たち、人間世界では思いも付かないようなこの多様な形態/色彩をしている。しかし、この多様な形態/色彩は一億年以上の歴史の上にいるのだということを忘れてはならない。つまり、人間から見てどんなに奇抜でも、人間が地球上に出現する遙か以前から、環境変化や生存競争にさらされる中で、生き残ったデザインなのである。好き嫌いはともかくそんな虫を見て、その形に驚き、美を感じるのは、1億年以上の歴史の中で完成されたデザインなのだからだろう。

舞踊や武道の世界では、形が重視されていると聞く。その形は、歴史の中で無駄な部分をそぎ落とし・そぎ落とし、新たな環境にも適応して完成させたのだろう。いや完成途上にあるのだろう。つまり、長い歴史の中で淘汰され生き残った形という意味で、虫の世界を思い出すのだ。完成された形/所作が美しいと感じるのは、我々が自然に対して感じるのと似た面があるかもしれない。完成されたもののもつ美しさだ。

舞踊家や武道家には、自然の本質を知っている人が多いのではないか。「自然環境と人工環境を今までとは異なった思想で再構築する」ことを考え、実践するには、うってつけの人材だと思う。


このように厳密にいえば随分異なる鎮守の森、里山・雑木林なのですが、我々にはいずれもどこか懐かしい[原風景]といえる場所になっていることが多いのです。前回書いたように、原風景のきっかけは子供時代にあることがほとんどです。人里に近いところにある「鎮守の森、里山・雑木林」は、子供にとって自然に接することの出来る遊び場なのです。その場所は、多様な植生と生物の棲む情報にあふれた場所なのです。鎮守の森では暗くて何となく怖い場所があり、探検気分を味わわせてくれるし、雑木林ではカブトムシやクワガタムシを捕ることが出来ます。このように、子供時代、虫を追いかけたり、木の上に陣地を作ったりしたものにとっては、思い出という情報のいっぱい詰まった場所なのです。


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人類文化の進化


 人類とて生物の一種であり、進化の枠組みは変わらない、といってしまっては話が進まない。
 人間は自分たちが最も進化した生物と思っているだろうが、多様性では昆虫にとてもかなわない。生物としての人間は1種類である。多様性を進化度の尺度とすれば、昆虫たちが最も進化した生物だとも考えられる。しかし、人間だって確かに進化の頂点にいる生物に見える。この疑問を養老孟司流に解答すれば、昆虫はハードウェア(形)を進化(=多様化)させ、人間はソフトウェア(脳)を進化(=多様化)させたということになる。昆虫はハードウェアを進化させ、とてつもない種類の形態を生み出した。一方、人類はソウトウェアを進化させ、さまざまな文化を生み出した。勝負はお相子である。
 さて、人類はどのように進化(=多様化)したのであろうか。昆虫が地球上に出現したのは、3億~4億年前石炭紀のことである。一方、人類の最古の祖先といわれるルーシが出現したのが、わずか300万年前である。昆虫と人類が進化の頂点にいるとすれば、人類の進化の速度は脅威的に速い。この速さの原因はどこにあるのか。単にソフトウェアとハードウェアの違いと片づける訳にはいかない。進化論のなかで私にとって最も興味深いのは「獲得形質」の継承の是非である。獲得形質というのは、生物がその生存中に得た形質、毒のある食物を一度経験すると二度と食べないとか、鍛錬により100メートルを9秒台で走ることができるようになる、というようなことである。
 現在の生物学ではこの獲得形質の継承は、否定されている。さて、獲得形質の継承ができない、もしもできたとしてもその効果が極めて少ないとすれば、あとは確率に頼る他はない。突然変異と自然淘汰に代表される進化過程のなかで、昆虫たちは、気の遠くなるような時間を使って、種の多様性を実現したのだ。
 さて人間は、いかにしてソフトウェアの多様性を手に入れたか。実は人間は獲得形質の継承に成功したのである。人間は言葉を手にし、高度なコミュニケーション手段を確立した。また、文字の発明により、極めて効率よく時間的・地域的に情報を伝達することができるようになった。ここでの主題からいえば、未来に知識を残す手段を手に入れたことに大きな意味がある。人類は子孫に知識を継承する手段を獲得したのである。
 これは獲得形質の継承の効率の飛躍的向上と捉えられよう。この獲得形質の継承システムをさらに効率よく、また人類特有の制度として実現するやりかたを、「教育」といい、その場所を「学校」と呼ぶ。人間社会では、学校での教育という形で獲得形質の継承が大量に生み出されている。突然変異と自然淘汰という進化過程に比べ、獲得形質の継承による進化のほうがはるかに効率的なことは明白である。たとえば、世代ごとに1%知識が増加したとすると、10世代1.1倍、100世代で2.7倍、1000世代では約2100倍になる。時代とともに、急速に知識が集積される様子がよくわかる。人類が出現してから300万年、文字の出現からわずか5000年、人類の文化の急激な進化は言語による獲得形質の継承がいかに有効であったかをよく物語っている。
 生物の遺伝的進化と、人類の文化の進化のアナロジーは多くの人に取り上げられている。コンラート・ローレンツは文化の発展は系統発生における種の進化とよく似ている。そして言葉により可能となった「獲得形質の遺伝」が、文化の歴史的な発達を早める要因となっていることを指摘する。利己的遺伝子で有名なリチャード・ドーキンスは、「ミーム」という自己複製子を発明する。利己的遺伝子の主張は、「あらゆる種は、その遺伝子たちの定める枠に閉じこめられ、それらの遺伝子たちが生き残る確率を最大限にするような仕方で成長し行動することを強いられる。」ということである。これと同じように、文化も仮想的な自己複製子である「ミーム」により支配されるというのである。確かに、そういわれると、生物の遺伝的進化と、人類の文化の進化のアナロジーを議論するには、うってつけの概念ではないか。「獲得形質の遺伝」というと、なにか良いことばかりのような印象があるが、文化という枠の中で歴史を刻んできた人類は、目に見えないなにかに支配されているという見方もできる。その主が「ミーム」なのである。

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生物の遺伝的進化


 地球上に昆虫が姿を現わしたのは、三億~四億年前といわれる。そして、2億5000万年前には主要な進化を終え、現存する昆虫の大部分が生存していたという。主要な進化とは、先ず飛べること。これは、両生類など昆虫の後に陸上に上がってきた生物から身を守るのに有効だったのだろう。ちょっと気付きにくいが、羽を折りたためるというのも重要な進化であった。これにより、岩の割れ目や落ち葉の下などに身を隠すことができるようになり、捕食者からの逃亡、季節の変化により有効に対処できるようになった(トンボは羽を折りたためない古い形態を保っている現存する昆虫である)のだそうだ。 
 進化の実例として、"ダーウィンフィンチ"と呼ばれるガラパゴス諸島の、小さな鳥のくちばしの形が島ごとに違うのが有名であるが、日本にもよい例がある。カラスアゲハという蝶がいる。紫色の大型のアゲハチョウで、千島列島から南は八重山諸島まで棲息する極く普通の蝶である。この普帳の蝶が、進化論に興味深い話題を提供してくれる。カラスアゲハの大きさや翅の模様が、棲息地によって少しずつ異なっているのである。特に九州から台湾の間の南西諸島では、島ごとの変化が大きくそれぞれ亜種となっている。なぜこのようなことがおこるのだろうか。一つの種が二つの種に分化するメカニズムとして最も有力なのは、次のようなプロセスである。まず一つの種が二つの群に分かれて隔離される。二つの群の間での交配による遺伝子の混合がないまま長い年月を経る。その間に、おのおのの群のなかで小さな偶然の突然変異が積み重なって、二つの群は次第に違った種へと変化していく。このような隔離と偶然性が新しい種を作る主なメカニズムだとすると、隔離される群の個体数が少ないほど、新しい種はできやすい。南西諸島のカラスアゲハがトカラ、奄美、沖縄、八重山と小さな島ごとに形態が異なっている事実は、隔離と偶然により種が形成された実例と考えることができる。
 また、自然淘汰を実感させてくれるものに「擬態」がある。食物連鎖の中で、捕食者から逃れるため、速い羽や足を持つ・穴に潜り込む・異臭を放つなど、生物達は様々な工夫を凝らす。昆虫も例外ではないが、昆虫にはもっと高等なテクニックを使うものがいる。ある種類の昆虫は体内に毒素を保有している。捕食者である鳥がそれを食べると、その苦さにすぐ吐き出し、その後はその種類の昆虫を食べなくなるといわれる。これらの昆虫は、翅の派手な模様などで、鳥などの捕食者に自分には毒があることを警告する。信じられないことに自分は毒を持っていないのにもかかわらず、毒のある昆虫の姿形・色を真似るものが現れる。これが擬態である。蜂や蟻のように他の生物から嫌われているものやゾウムシのように甲が堅く捕食者が食べにくいものなどに擬態するものもいる。このように捕食者からの防衛に有利な条件を持つ種に似せる擬態をベイツ型という。一方主として植物に姿形・色を似せ、周囲の環境にとけ込むようにするものもいる。これをカモフラージュとか隠蔽的擬態とよぶ。