鎮守の森、里山、雑木林(その2)

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なぜ日本には自然と共生するような中間的場所があるのでしょうか。日本人は、一木一草にも魂が宿るというアニミズムに通じる観念を共有しています。自然を敵とは考えず、むしろ畏敬の念を抱いてきました。西洋の人たちが昔抱いていた「自然への恐れ」を、今もって持ち続けているともいえるでしょう。その原因として、日本の自然は多様で強いということを忘れてはいけないと思います。台風はある、地震もある。多くの災害に毎年おそわれる国なのです。また、雨が多く、一度征服したように見えても、ほっておけばたちどころのうちに、自然に戻ってしまう強さも備えているのです。自然と人工的な都会という、二つの世界を考えた時、日本では、二者択一ではなく、自然に近い場所では、自然と共生しなければ生きていけなかったのではないでしょうか。

さて、鎮守の森、里山・雑木林とは、どのような場所なのかもう少し具体的に考えてみましょう。鎮守の森は、神社にある森です。われわれは、社がありそれを取り囲むように森があるというイメージをもっています。しかし、元々は、森自体が信仰の対象となっており、社は後に造られるようになったのです。一方、里山は生活の場です。生活の場と自然との間に、薪にするための植物を植えたのです。つまり雑木林は、二次林であり、いわば畑のようなものなのです。

 

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