ゲンゴロウ

| コメント(0) | トラックバック(0)
gengoro.jpg
ゲンゴロウは昔は沢山いた。その証拠に、この虫を食べる習慣が古くから日本にある。食虫の習債は日本の各地にあったが、その中でも長野では盛んである。海の遠い山国での貴重な蛋白源として、イナゴ・蜂の子(クロスズメバチの幼虫)・ざざ虫(カワゲラの幼虫)、そして、とうくろう(ゲンゴロウ)・がむし・ごとうむし(カミキリの幼虫)・ひび(蚕のさなぎ)などが食べられている。現在でも珍味として蜂の子などが販売されている。
虫を食べるなどというと'いかもの食い'扱いされそうである。どうも、文明が進んでくると昆虫食は行われなくなるようである。これは、虫がそれほど美味ではないこともあるのだろうが、なにより都市化が進めば自然がなくなり、肝心の虫を捕れなくなるからだろう。現に、ゲンゴロウは激減し、食料としての意味は全くなくなっている。習慣がなくなるから、これを食べるのは'いかもの食い'ということになる。

東南アジアの数カ国を訪問する機会があった。この地域では「昆虫食」が盛んだと聞いていたので、何とか試してみたいと方々で聞いてみたが、ほとんどが東京と同じ反応であった。ようやく、見つけたのがベトナムのホーチミン市の市場であった。蚕のさなぎと称するものが、市場の片隅につまれていた。早速これを買い、レストランで料理をしてもらった。油で妙めただけの簡単なものだったが、クリーミィな感触と淡泊な味でなかなかおいしかった。ちなみに、シティボーイを自称する同行のN君はどうしても食べることができなかった。
人類が地球上に出現した頃の主な食料は、昆虫だったのではないかといわれる。それが、狩猟・農耕と時代によって食生活が変わっていく。人類は自分たちの諭理で、人工の世界を広げ自然を破壊してきた。そして、今なお飢餓のおそれを内在して人口増加を続けている。人類はどこかで間違ったのかもしれない。昆虫を食べるという行為には、食料を得るために更に人工化を進めるという負の循環を抜け出すためのヒントが隠されているような気がする。地球を「虫の惑星」と呼ぶほど、昆虫は地球上で繁栄している生物である。将来貴重な食料として、再評価される可能性がある。昆虫を食べないと生きていけなくなったとき、シティーボーイのN君はどうするつもりなのだろうか。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://stulab.jp/mt-tb.cgi/268

コメントする

最近のブログ記事

進化と多様性
 人類は自分たちが最も進化した生物だ
生物の遺伝的進化と人類の文化進化のアナロジー
 生物の遺伝的進化と、人類の文化の進
藤原新也「書行無常」展
藤原新也「書行無常」展に行ってきた
虫と人間(3)
害虫に関連するおもしろい本を見つけた
風景とは (3)
このようにみてみると、風景とは、
風景とは(2)
2:風景とは、必要とあらば感覚的な
風景とは(1)
これまで、原風景について考察してきま