2009年8月アーカイブ

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著者:Edward O. Wilson
訳:大貫昌子、牧野俊一
出版社:岩波書店
出版年:1995

生物研究の大御所。多様性に興味のある人必見。

心に残る一文:生命は五つの大きな出来事によって減少し、その他にも軽度ながら世界中のあちこちで無数に起こった出来事によって痛手を負った。だがそうして減少するたびに生命は再び盛り返し、少なくとも以前どおりのレベルの多様性は回復してきた。第一級規模の突発的絶滅のあと、減少が復旧するまでの進化にはいったいどれくらいの時を要したのだろうか?それを推定するにあたり、海に住む動物の科の数は、存在する化石の証拠を基にするのと同じくらい信頼できる尺度である。一般的に言うと、回復への強力な第一歩を踏み出すだけでゆうに五〇〇万年はかかった。五回の大量絶滅のたび、それから完全な回復までには何千万年もの年月がかかった。個別に見ると、オルドビス紀の絶滅のあとは二五〇〇万千、デボン紀には三〇〇〇万年、ペルム紀と三畳紀(この二つの間隔は非常に近いので一つにまとめた)には一億年、白亜紀の絶滅のあとには二〇〇〇万年、かそれぞれかかっている。これらは人類(ホモ・サピエンス)が破壊したものを自然が必ず補充してくれるものだと信じ込んでいる人々を、しぼし考えさせる数字であろう。なるほど自然は失われたものを補ってくれるかもしれないが、現在の人類にとって意味のある時間内にはとても間に合いそうにない。
のように、二人の立場はかなり異なっています。岩田が「個人」を重視するのに対し、木岡は、「日本人の原風景」という言葉で表せるようなもう少し一般的な概念を当てはめています。木岡は前述のように、「基本風景」という概念を提唱しています。「原風景」と関連するので少し説明しましょう。木岡は、「基本風景」について、「個人的体験をとおして、あらゆる行為に無言の指示を与える習慣こそが風景経験の根本的な核心であり、それは語られることのない風景である」というのです。このことから、木岡の「基本風景」が、岩田の「原風景」の定義に近いといえるかもしれないとおもいました。あるいは、「基本風景」は、岩田のいう「原風景」の「地」の部分であり、基本風景にさらに個人的な体験を図として付加する作業によって生まれるのが、岩田のいう「原風景」であるといえるかもしれません。


一方、木岡伸夫は、「生きられる風景は、次の三つの層から構成される。

 (1)沈黙のうちに生きられる「基本風景」

 (2)語られ表現される「原風景」

 (3)傑出した個性によって創出される「文化的表現」」といいます[。

風景全般に関する考察は別の機会に行うとして、ここでは、木岡の「原風景」に関する考えを紹介します。

木岡は、原風景について、「基本風景は沈黙のうちに日々生きられる。しかしその個人的な知覚の図式には、すでに何ほどか共同的な規範の影が射している。社会から独立した個人、歴史を超越した現在は、いずれも理論的仮説に過ぎない。ここでわれわれは、基本風景が必然的に社会的起源の風景経験に合流するという事実を正視しなければならない。基本風景を沈黙の深みから引き出し、それに意味の輪郭を与えるのは、言葉のはたらき、<語り>の力である。語りによって個人から集団の水準へと移行した風景の構造契機が、「原風景」 である。」と述べています。

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著者:岩田慶治
シリーズ:講談社学術文庫864
出版社:講談社
出版年:1989

アニミズムの興味をもって勉強しだしたころ出会った本。日本人は無宗教というが、これほどカミに対する感性を持っている国民は珍しいのではないか。自然の強い國ならではのことだと思う。

心に残る一文:カミと神と、私はどちらをえらんだらよいといっているのではない。人類が長い歴史のあいだに苦難の日々を重ねながら信仰しつづけてきた一神の姿を、尊いものと思っている。しかし同時に、山河大地、草木虫魚としてわれわれをとりまき、そのなかから、突然、カミとしての姿をあらわすアニミズムのカミにも、言葉でいいあらわせない親しみを感じている。このごろ、自然保護がつよく叫ばれているが、そのさいもっとも大切なことは、自然に対するこういう原始の感情をもちつづけることではなかろうか。
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ゲンゴロウは昔は沢山いた。その証拠に、この虫を食べる習慣が古くから日本にある。食虫の習債は日本の各地にあったが、その中でも長野では盛んである。海の遠い山国での貴重な蛋白源として、イナゴ・蜂の子(クロスズメバチの幼虫)・ざざ虫(カワゲラの幼虫)、そして、とうくろう(ゲンゴロウ)・がむし・ごとうむし(カミキリの幼虫)・ひび(蚕のさなぎ)などが食べられている。現在でも珍味として蜂の子などが販売されている。
虫を食べるなどというと'いかもの食い'扱いされそうである。どうも、文明が進んでくると昆虫食は行われなくなるようである。これは、虫がそれほど美味ではないこともあるのだろうが、なにより都市化が進めば自然がなくなり、肝心の虫を捕れなくなるからだろう。現に、ゲンゴロウは激減し、食料としての意味は全くなくなっている。習慣がなくなるから、これを食べるのは'いかもの食い'ということになる。

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著者:池田清彦
シリーズ:新潮選書
出版社:新潮社
出版年:1992

生物の分類は科学的根拠からなされていると信じていた。勿論そういう要素あるのだけれど。著者は、「思想が介在している」と指摘する。意表を突かれ、とても新鮮な気持ちになった。

心に残る一文:人間の認知パタンから自由である限り、すぺての対象は同じ位似ている。太陽も金魚も人間も石ころも同じ位似ているのである。このことを厳密に証明したのは波辺慧で、アヒルと白鳥の間の類似度も、二羽の白鳥の間の類似度も同じことから、これを「みにくいアヒルの子の定理」という(たとえば、渡辺慧「知るということ−−認識学序説」、東大出版会などを参照)。この定理が意味することは明白である。人間の認知パタンから独立した客観的な性質をことごとく選んで、それらを等価とみなす限り、そもそも分類という営為は成立しないのである。逆に言えば、分類することは重要な基準を選ぶこと自体なのだ。ア・プリオリに重要な基準などはない。従って分類することは世界観の表明であり、思想の構築なのである。(68頁)
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著者:チャールズ・ダーウィン
訳者:渡辺弘之
出版社:平凡社
出版年:1994

ダーウィンの偉大さを思い知った書。ミミズの働きを、30年にわたる実験で実証している。誰が、ミミズのこんな力があることを考えただろう。自然が大きなシステムとなっており、人間もその一員に過ぎないのだということを感じた。

心の残る一文:砕いた大量の白亜を、私の家の近くの牧草地の一画に1842年12月20日にまいた。
そこは30年以上は確実に、おそらくはその二、三倍の年月にわたって牧草地であった。白亜をまいたのは、それが将来どのくらい深くまで埋められるのかを観察するためであった。1871年2月の終わり、すなわち、29年後に、一本の溝をこの一画を横切るようにして掘ったところ、白い小さな団塊からなる一本の線が表画から7インチの深さのところの、溝の両側に見つかった。ということは、肥沃土は(芝を除いて)一年に0.22インチの平均速度で持ち上げられたことになる。(129頁)
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著者:養老孟司 
出版社:青土社 
出版年:1989

脳ブームのきっかけとなった書。私にとっても養老さんとの出会いのきっかけとなった書。養老フアンならずとも、一度は読んでおきたい。

心に残る一文:社会は脳の上に成立し、個人は身体の上に成立する。それはあまりにも当然のことである。しかし、社会が個人の集合によって成立するというのは、この国では「お題目」に他ならない。個人が身体性によって成立する以上、この国には神風特別攻撃隊ならあるが、「個人主義はない」。個人主義とは、個人がわがままだとか、勝手だとかを意味するわけではない。身体性の認知の問題に過ぎない。われわれの社会は、明らかに身体性に関して弱点を持っている。それでは社会に困難が生じる以上、かってはそれを捕強する多くの「教育」があり、「白然の力」があつたのであろう。しかし、いわゆる「伝統的」な社会の訓練は、日々失われていき、白然はかっての力をもはやまったく失った。(263頁)

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テントウムシの仲間は世界で4000種以上、日本にも150種以上いるという。しかし私たちが目にするのは、ナミテントウとナナホシテントウぐらいなものである。ところがこのナミテントウ、同じ種類とは思えないほど多様な斑紋をもつ変わり者である。ナナホシテントウに似た模様から、黒を基調に赤い斑紋をもつもの、はては、無紋のものまでいる。細かく分類すると50以上の型があるのだそうだ。写真のナミテントウは4紋である。
テントウムシは人気者である。虫嫌いな女性にとってもテントウムシだけは別らしい。テントウムシは「天道虫」すなわち天道を知る虫である。英語ではlady birdとかlady beatleとかいう。どう考えても嫌われる虫に付ける名前ではない。世界中で愛されている昆虫なのである。何故好かれるのかを考えてみた。まず、半球のような体型がかわいい。そして大きさもちょうど良い。気がつかないほど小さくはなく、威圧感を受けるほど大きくない。次は色、赤を基調とした色は、縁の多い自然環境ではよく目立つ。こちょこちょと上の方に登り、その頂点に達するとやおら鞘翅を開いてから飛び立つ動作もかわいい。lady bird(聖母の鳥)の名はその様子からつけられたのだそうだ。
テントウムシの多くは、アブラムシなどを食べる肉食である。つまり人間から見れば益虫である。このため生物的防除つまり害虫を天敵の昆虫で駆除することにも古くから使われている。ユーカリの木に大量発生したアブラムシをナミテントウにより駆除して、コアラの食糧を確保したという多摩動物園の面白い例も紹介されている。
そんなこんなで、テントウムシは人気者なのだ。 
10年以上前、ノマドについて書いたことがある。15年たって、何がどう変わったのか興味がある。
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ドゥルーズ+ガタリの重要視するノマドは、農耕の延長にある国という固定した概念からはみ出す代表であり、その存在自体が国という秩序の破壊者としての 位置づけであった。そしてその延長上として、既成の学問分野にとらわれず、これを横断することにより、既成の権威を打ち壊し、新しい概念をもたらすことの象徴として、ノマドという言葉を用いたのであろう[1]。チンギスハーンなどの騎馬民族は、中国にとって大いなる脅威であった。万里の長城の建設がそれを如実に物語る。現代のノマドたちはなにを破壊しようというのだろうか。
参考文献:ドウルーズ,ジル+フェリックス・ガタリ「千のプラトー」、河出書房新社、1994,478頁
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「地球システムとしてのマルチメディア」、NTT出版、1996、112頁
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カナブンとは子供のときから使っていた名前なので、てっきり俗称と思っていたが、意外にも正式の種名であった。俗称はカンブンブンとかブンブンというのだそうである。そういえば、カナブンとは「金蚉」と書く。蚉は蚊の異体字である。つまり蚊のようにたくさんいて、同じぐらいうるさかったということだろうか。子供のころ育った東京の南の外れ多摩川に近い場所は、今と比べれば確かに自然は残っていたものの、れっきとした住宅地であった。それでもカナブンはたくさんいた。夜になると勢いよく家の中に飛び込んできて、文字どおり「ぶんぶん」飛び回るのを、追い掛け回したものである。そのせいかどうもわたくしにはカナブンに対する偏見がある。珍しくもないし美しくもない、つまらない虫だという印象しかないのである。 甲虫が昆虫の中でも成功したグループとなった理由に、四枚の翅のうち前翅二枚を鎧のように硬くして(鞘翅)身を守ったことが考えられる。ところが、その代償として、生物のなかで昆虫が繁栄した理由の一つとされている「飛ぶ」能力を甲虫たちは相当犠牲にした。栗林慧さんの見事な「飛翔写頁(昆虫の飛翔:平凡社など)」を見てびっくりしたのであるが、彼らはまず鞘翅をやおらひろげてから残りの二枚の羽で飛び立つのである。しかも、直立したまま両手両足(?)をひろげた何とも奇妙な姿で不器用に飛ぶのである。そういう中にあって、カナブンなどコガネムシの仲間には、鞘翅を閉じたまま飛ぶ術を身につけたものがいる。移動性というハイテク装備の戦闘機といったところか。今回の作業で、私のカナブンに対する偏見は、吹っ飛んだ。何より美しいし、しかもハイテクマシンなのである。 それにしても、人間のごく近くにいる昆虫たちの驚異に充ちた生態は、地球上には人類しかいないような感覚で生活しているわれわれに、自然には人類の知らない世界がまだまだあるのではないか、人間の築き上げてきた人工の世界はその一部にすぎないのではないか、ということを改めて感じさせる。